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名古屋地方裁判所 昭和34年(わ)1398号 判決

主文

被告人村瀬惣一、同渡辺武司をそれぞれ罰金五、〇〇〇円に

被告人鬼頭正男、同片野貞義をそれぞれ罰金二、〇〇〇円に処する。

被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中証人小島一男、同高坂清一郎(第八、第九回公判期日に支給した分)同小林鐘三、同田中美貞、同萱沼英男に支給した分は被告人村瀬惣一、同渡辺武司の連帯負担、証人水野仙三郎、同河合忠、同徳田義親に支給した分は被告人ら全員の連帯負担とする。

本件公訴事実中各建造物損壊の点につき、被告人らはいずれも無罪。

理由

一、罪となるべき事実

被告人らは、昭和三四年三月当時、いずれも日本電信電話公社(以下公社と略称する。)職員であり、うち、被告人鬼頭は公社職員をもつて構成する全国電気通信労働組合(以下全電通と略称する)東海地方本部(以下東海地本と略称する。)の副執行委員長、被告人村瀬は書記長、被告人片野、同渡辺の両名は執行委員の地位にあつた。

当時公社は所謂第二次合理化計画(昭和三三年度乃至同三七年度にわたるもの。)を実施中であり、全国的に電話交換の自動化電信中継の機械化をすすめていたが、その一つとして、昭和三三年六月以降、公社東海電気通信局(以下通信局と略称する。愛知、三重、静岡、岐阜の四県を管轄区域としている)が主体となつて管内津電報局の自動中継機械化をすすめることとなつた。

そこで東海地本はこれに対し、機械化により組合員の労働条件が低下することのないよう労働条件に関する事項につき、組合案を作成し、通信局に対し団体交渉の申入れをしたが、充分な団体交渉がなされないまま機械化が強行実施され、同年一一月二九日機械化は完了した。

その間これを不満とする組合側は、東海地本や三重県支部の指導下に津電報局分会を中心に反対闘争を展開していた。

ところが同年一二月一日、通信局長名をもつて右闘争の責任者として津電報局分会の副分会長、書記長及び執行委員一名が解雇されたので、組合側はこれを不当として直ちに東海地本、三重県支部、津電報局分会を中心に解雇処分撤回を目的とする闘争を開始した。

しかして、昭和三四年二月二五日以降全電通においても日本労働組合総評議会(通称総評)の指導する春季統一行動の一環として昭和三四年度春季闘争(以下春闘と略称する)を実施することとなり、全電通中央委員会の決定、更には同中央闘争委員会の指令などに基き、労働時間の短縮、賃金引上げなど各種労働条件の向上や、不当処分の撤回など、組合員の権利を守ることを闘争目標にして全国的に行動を開始したが、東海地本においても傘下各県支部、各分会と共に、同年三月三日以降、津電報局分会における不当解雇処分撤回を中心に前記の各種闘争目標を貫徹するため、ビラの貼付、職場大会の開催、集団交渉の開始など具体的行動を開始した。

第一、昭和三四年三月四日午前、東海地本は通信局局長吉村克彦に対し津の被解雇者三名の処分撤回、津電報局分会での団体交渉の再開、その他賃上げなど春闘の諸目標を交渉議題とする団体交渉の申入れをし同日午後一時半頃から名古屋市中区米浜町三番地所在、東海電気通信局本館二階北側の職員部長室で、組合側被告人村瀬、同渡辺、局側職員部調査役小島一男、労務係長小林鍾三との間で団体交渉に関する予備折衝が行なわれた。

しかし、団体交渉出席者に協約に基く届出交渉委員のほか地本傘下各県支部より選出された四〇名の交渉委員及び津の被解雇者三名を認めよ、との組合側の要求をめぐり局側との話合がつかず、午後二時過ぎ頃組合側は直接局長と交渉するほかはないとし、被告人村瀬を先頭に交渉委員四〇名及び被告人渡辺は、本館二階東側正面にある局長室前廊下に赴いた。

そして被告人村瀬以下各交渉委員らは局長室出入口の扉ごしに交々扉を開けて団体交渉に応ずるよう叫んでいたのであるが、局長以下幹部職員が在室しているにも拘らず、局長室内部からは何の応答もないため、交渉委員らも次第に興奮し更に当時二階廊下に坐り込んでいた多数の一般組合員も騒ぎ出し局長室前へ集つてきて、足をふみならす者、扉や壁をたたいたり蹴つたりする者、怒号する者、押せ押せといつて押し合う者など喧騒をきわめ次第に険悪な空気となつてきた。

この時扉の前にいた被告人村瀬は、この混乱した事態を解決する為には何としてでも局側に扉を開かせるより他に方法はない、その為にはもし開けなければ実力で入るという位の気勢を示せばおそらく気勢に押されて局側が扉を開けるであろうが、万一開けない場合にはこれにより一段と気勢をあげた交渉委員らの押す力により扉が破れるような事態になつてもやむをえない、と考え「開けて下さい、一分以内に開けない場合は実力で入りますよ」と叫んで局側の応答を待つたが、これに対し依然として応答がないため、ここに被告人村瀬、同渡辺は局長室前に集まつていた交渉委員らと暗黙のうちにたとえ扉が破れるような事態になつても局側に開扉させるための手段としてやむをえないとの意思を通じ合い一斉に扉を強く押したため、まず既にひびの入つていた南側扉のガラスが割れて飛散し、ついで施錠がこわれ扉合わせ目の南側上部北側下の板の一部が掛金と共に引裂け、扉は内部に開き、被告人村瀬はほぼ先頭に、集団の後方にいた被告人渡辺はしばらく後に、他の交渉委員一般組合員らと共に局長室内に立入り、もつて共同して器物を毀棄し、かつ室内に侵入した。

第二、被告人らは、間瀬良澄ほか数名の組合役員と共謀のうえ、同月一〇日午前零時半頃、賃上げ、労働時間短縮など労働条件の向上や、不当処分の撤回を要求する趣旨のビラや抗議文を貼付する目的で管理者(東海電気通信局長吉村克彦)の意思に反し、前記通信局本館地下変電室及び食堂の窓から本館建物内に侵入した。

二、証拠の標目 ≪省略≫

三、法令の適用

被告人村瀬惣一、同渡辺武司の判示第一の所為中、集団的器物毀棄の点は、暴力行為等処罰に関する法律一条一項、罰金等臨時措置法三条一項二号に、建造物侵入の点は刑法六〇条、一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するが右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い暴力行為等処罰に関する法律違反の罪の刑で処断することにし、所定刑中罰金刑を選択し、判示第二の所為は刑法六〇条、一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人らをそれぞれ罰金五、〇〇〇円に処する。

被告人鬼頭正男、同片野貞義の判示第二の所為は刑法六〇条、一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので所定刑中罰金刑を選択しその所定金額の範囲内で被告人らをそれぞれ罰金二、〇〇〇円に処する。

被告人らにおいて右の罰金を完納することができないときは刑法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により、そのうち証人小島一男、同高坂清一郎(第八、第九回公判期日に支給した分)同小林鍾三、同田中美貞、同萱沼英男に支給した分は、被告人村瀬愡一、同渡辺武司の連帯負担、証人水野仙三郎、同河合忠、同徳田義親に支給した分は被告人ら全員の連帯負担とする。

四、無罪理由の説明

(一)  本件公訴事実中建造物損壊罪にあたる事実の要旨は、

「被告人らは、

(一)  佐藤貴美子らと共謀のうえ、昭和三四年三月三日午後七時頃から同八時頃まで、名古屋市中区米浜町三番地所在の東海電気通信局(局長吉村克彦管理)本館正面及び北側出入口附近の壁、ガラス窓、建築部庁舎北側ガラス窓、本館北側便所の壁、ガラス窓等に「弾圧と威嚇の組合対策をやめ、津の首切りをはじめ、一切の不当処分を直ちに撤回せよ!」と白色印刷した縦約三八糎、横約一三糎の赤紙ビラ合計約二、五〇〇枚を糊で貼付し、同庁舎の外観を著しく汚し、もつて建造物を損壊し

(二)  間瀬良澄らと共謀のうえ

(1)  同月九日午後八時頃から同九時頃まで前記本館正面玄関の鉄製シヤッター、南側壁及びガラス窓等に前同種ビラ並びに「大巾な賃上げと等級撤廃を実施せよ!」と白色印刷した前同型の青紙ビラ及び「一時間の時間短縮をおこない労働条件をひきあげよ」と白色印刷した前同型の緑紙ビラ合計約一、五〇〇枚を糊で貼付し同庁舎の外観を著しく汚し、もつて建造物を損壊し

(2)  同月一〇日午前零時三〇分頃から同一時三〇分頃まで右本館内副局長室廊下及び正面階段附近の壁等に前同三種ビラ合計約四〇〇乃至五〇〇枚及び津電報局の解雇処分を撤回せよという趣旨の抗議文一〇数枚を糊で貼付し、同庁舎内の外観を著しく汚し、もつて建造物を損壊したものである。」

というにあり、右の各事実は検察官提出の各証拠によりこれを認めることが出来る。

しかして、検察官が本件各ビラ貼りをもつて建造物損壊罪に該るとするゆえんは、ビラ貼りの対象となつた本件各庁舎の壁、窓等は単に部屋の内外を区画し、又は保温風雨の防止のみを目的としているものでなく、建築物としての威容ないし美観を備え、吾人の美的感情を満すものであつて、これまたその建築物の重要な効用である。従つてこれらの効用を害し人をして嫌悪不快の感情を起させるような事実を作出したときは、即ちその建築物の本来の効用を失わしめたことになるのであり、本件の各ビラ貼りは枚数も非常に多く一見して右にのべたような嫌悪不快の感情を起さしめるに充分であつたというところにある。

たしかにその建造物の美観ないし威容が、ある場合においてはその建造物の本来の効用を形成し、この美観ないし威容を失わしめる行為が即ちその建造物の効用を害したものとして刑法二六〇条の建造物損壊罪を構成する場合のあることは明らかであるが刑法上このような意味で保護される当該建築物の美観ないし威容というものは、個々人の恣意的な主観において形成されるそれではなく一般社会通念にてらし、客観的に特にそれが意味あるものとして是認されるものでなければならないと解するのが相当である。たとえば通常の用途の他、美術的、骨董的価値ないしは歴史的、文化的価値を持つと認められるものなどはその典型的な場合であろうし、或は、美観ないし威容といつたものを考慮し、デザインされ設計されたようなものについても同様に考えてよいであろう。

蓋し、然らずしてこの美観ないし威容の概念を、夫々その知識、教養、趣味などにおいて異る個々人の主観において認識されるものにまで拡大することは本罪の成立範囲を不当に拡張するのみならず、その解釈もまた、不明確とならざるを得ず、従つて罪刑法定主義の立場からみて問題であるといわざるをえないからである。

ところで本件各ビラ貼りの対象となつた東海電気通信局の各庁舎は本来その美観ないし外観がどうあるかということは庁舎の性質上さして重大な意味を有するものとは考えられないし、また一般社会通念上その庁舎の美観ないし威容が特別に意義あるものとして認識されているものとは認められないのみならず、一つは鉄筋コンクリート造り、他は木造モルタル塗りのものであるが、いずれも建築以来或程度の年月を経ており、全体に灰白色にくすんだ外観のものであつて、本件ビラ貼りがなされた当時の各庁舎の外観、内装とも前に述べたような意味で刑法上保護に値すると認められる程度の美観ないし威容を備えていたものとは、裁判所の検証調書、その他本件各証拠によつてもこれを認めることは出来ず、この意味において本罪の成立する余地はないものといわざるを得ない。

もつとも右のように美観ないし威容という特別の保護法益をもたない建築物であつても、建築物一般の属性としての外観というものがあり、この外観もまた等しく建造物損壊罪にあたる損壊の対象として保護せねばならぬ場合もあるであろう。この点について考えてみるに、ある建築物の外観を侵害した場合にその程度がこうした外観の価値を著しく滅少せしめるような、たとえば建物の大部分をビラで貼りつくすとか、或はそこまでいかないにしてもその体裁、内容、貼り方において醜悪見るにたえないようなビラの貼付であるとか、新たな材料を附加するなど特別に手を加えなければ原状回復が出来ないといつた程度に至れば、当該建築物の効用を毀滅したものとしてたとえ物理的毀損を伴なわないような場合であつても、なお本罪が成立するとみることは可能であろう。

しかして、検察官提出の各証拠によれば、本件各ビラの貼付は枚数も相当多数で、範囲も相当な部分にわたり又、局部的には相当集中的に貼付された部分もみえるが、しかし対象となつた各庁舎全体の規模と比較すればなお僅かな程度のもの(証拠写真中に一部あらわれている本件起訴の対象外であるビラ貼付部分を併せ考えても一割を少しこえようかという程度)と認められ、また、ビラの寸法、形状、紙質、文字の体裁も一定し整然としており、貼り方もメリケン粉糊を使用したもので原状回復は水洗いなどにより容易にこれをなしうるものであると認められ、これを要するに本件各ビラの貼付により対象となつた各庁舎の外観等を或程度害したということは認められるにしても、侵害の程度が右の程度にとどまるものであるかぎり(民事上の責任ないし刑事上は後述のように軽犯罪法違反の問題があることは別として)前段に述べた意味においても本罪の成立を認めることは出来ないものといわねばならない。

その他本件各ビラ貼りによつて対象となつた各庁舎に物理的毀損を生じたとか、或は保温、風雨の防止部屋の内外の区画といつた建築物本来の効用更には職員の執務の場としての各庁舎の効用を失わしめたと認めうるような証拠もない。

以上のとおりであつて本件各ビラ貼り行為はいずれも建造物損壊罪の構成要件を充足するに至らず、罪とならないものといわなければならない。

(なお右のように建造物損壊罪にあたらないとした場合、一般の場合には、建造物等を「汚した」ものとして軽犯罪法一条三三号の適用が考えられることとなろう。

しかし当裁判所としては、本件のように労使の紛争状態の場において労働者が使用者に対抗するための組合活動の一つとしてこれを行つたような場合には、その適用を考えるべき筋合ではないものと考える。

蓋し、同法は、日本国憲法が罪刑法定主義を徹底し、いわゆる独立命令たる政令を認めず、又特に法律の委任ある場合を除き政令に罰則を設けることは出来ないとしたことに基き、新たな社会事情に応じ、旧憲法下の警察犯処罰令にかわるものとして制定されたもので、社会倫理的観点からは比較的軽度の非難に値するものであるが、公安的見地からとくに取締りの必要の認められる行為を、ほぼ包括的に規定した刑罰法規であり、政府の提案理由中にあるごとく「日常生活における卑近な道徳律に違反する軽い罪を拾う」ことを主たる目的としたものであることは明らかであるし、又その成立に際し、同法四条が国会において政府原案に特に付加されたゆえんは、旧警察犯処罰令が違警罪即決例とあいまつて農民運動、労働運動などを弾圧する手段とされ濫用されたことに鑑み、同法制定の過程で国会の内外からなされた強い批判を考慮し、従前の弊をくり返さない趣旨を徹底するためであつたことを思えば、同法が本件の如き場合に適用すべからざるものであることは明らかであると考えられるからである。)

(二)なお、本件各ビラ貼りが形式上、建造物損壊罪に該るとする見解があり仮にこの見解に従うとしても、これらは組合活動の一環としてなされたものであり刑事上の違法性を欠き結局被告人らの所為は罪とならないものと考えられるので以下この点につき付言する。

労働組合が組合としての活動をなすにあたり、使用者側の企業施設を利用してビラ貼りを行うこと、特に労使間がいわゆる争議状態(広義の)にある場合に、これがきわめて多いことは今日では公知の事実といつてもよい。

しかして、このようなビラ貼り行為それ自体は、勿論表現の自由と団結権ないし団体行動権の範囲に属するものとして正当な組合活動の一つであると認められるべきものであるが、しかし、これが、使用者の意に反して当該企業の諸施設を利用してなされる場合には、いわゆる施設管理権(所有権のもつ一機能としての管理機能)との衝突、抵触の問題が生ずる。

ところで、一般に労働組合が当該企業の諸施設を利用して各種の組合活動をなす場合使用者が施設の所有権ないし管理権を根拠として、これらの組合活動を、その時と必要に応じ随時これを禁止ないし制限することが出来るであろうか。

思うに、憲法第二八条は労働者の団結権を保障しているところ労働者の団結ということは、単に組合を結成し、規約を作り、組合役員を選出するという形式をととのえればよいというだけに止らず、更に進んで労働者の生活を向上させるための日常の活動たとえば各職場での要求をまとめあげたり闘争のあり方を討議し合う為の会合、自分達の要求を訴えるためのビラ、懸垂幕の掲示、更には示威行動といつた各種の組合活動の自由をも意味するものでありこれによりはじめて団結に生命がふきこまれ労働者の生命につながる基本的権利としての意義を持つてくるのである。而して、我国の労働組合は純然たる私企業のものであると否とを問わず、企業別組織をとつているところから、必然的に組合活動の場は企場施設を中心として行わざるを得ないところからこれらの組合活動は、当該企業の諸施設を利用してなされる場合が多く、従つてこれら組合活動により、使用者の施設に対する所有権ないし管理権を侵害することになつた場合、常に使用者のこれらの権利が優先するとの立場でこの衝突の場を理解すべきではなく、労働者の組合活動も、また使用者のそれらの権利と等しく法的に尊重されなければならないとする立場でこれを理解すべきであろう。

したがつてこの場合、使用者の施設管理権も労働者の団結権保障とのかねあいから、使用者が労働組合に対して施設利用の便宜を拡張するとか、禁止の解除を行うとかの意味でなく、権利の本質的な場において制約をうけるとの意味において影響をうけ、そこから生ずる使用者の不利益は使用者においてこれを受忍すべき場合もあると考えるのである。

ところで問題はその制約の程度、団結権と施設管理権との調整点をどこに求めるかということであり、一般的にいえば、結局当該組合活動の目的に照し、夫々相手方の主張を受忍することによつて受ける不利益を比較衡量して具体的に決すべきものと考えられるがこれを本件のごときビラ貼りに関していうならば当該施設の性質、貼付された範囲、枚数、その内容、貼り方などを綜合考慮してみて、当該ビラ貼りによつて業務に支障を来たすことなく又、施設の維持、管理上特別に差支えがない程度のものである時は、使用者としては前述の理由によりこれを受忍すべきであり、この限りにおいて、そのビラ貼りは正当な組合活動として、軽犯罪法は勿論凡ゆる刑罰法規適用の条件である違法行為と判断されることはないと考えるのが相当であろう。(勿論後述の如くすでに当事者間においてこれに関し協約ないし慣行のあるときは問題は別である。)

飜つて、本件につき、この点について考えてみるに、本件各ビラ貼りの態様は先に公訴事実の要旨として述べたとおりであり、証拠によれば対象となつた建物の性質、貼付の範囲は別としても、枚数、貼り方などからいつて、具体的に本件通信局の業務に支障を来たしたと思われる点は認められないが、施設の管理上差支えが生ずる程度のものであつたことは明らかというべく、この意味において使用者側が当然に受忍すべき限度をこえていたものといわざるをえないからこの点については尚違法性の有無を判断する必要が残されているわけであるから以下これを述べる。

被告人らの属する全電通と公社との間には「組合活動に伴う庁舎の利用及び専従職員の身分給与等の取扱いに関する了解事項」ないしは「組合活動に伴う局舎及び設備の利用並びに組合専従休暇中の職員の身分給与等の取扱いに関する覚書」と称する協約が昭和二七年九月一〇日以降今日に至るまで毎年締結されており(内容は毎年ともほぼ同旨)本件事件発生当時のそれによれば「組合が組合活動の為にビラ、ポスター等を局舎内に掲示することを申し出たときは、公社は、業務に支障のない範囲で掲出場所を特定して許可するものとする」となつている。従つて協約がある以上平時たると争議時たるとを問わずビラ等の貼付については、特段の事情のない限りこの協約の趣旨にそつてなされるべき筋合いであり、本件のごとく組合が組合活動のためビラ、ポスター等を局舎内に掲示することを申出てない場合においては一応協約違反の責任が問題となる。しかしながら証人小畑新造、同河村豊彦の供述によると、この協約は労働組合法七条三号但書にあたるいわゆる便宜供与の為の規定であり、これは平時における組合活動に関するもので争議時(広義の)になされる大規模なビラ貼りについてはこの協約の関与しないところであると労使双方において解釈していたもののようである。

したがつて、右両証人の供述や、証人大木正吾、同金子哲夫、同鈴木正道らの供述などから明らかなごとく、全電通は本件に至るまでいわゆる春闘秋闘などに際し、公社との交渉が妥結するまで毎回のように各職場の庁舎等に組合の要求事項を記載した多数のビラ等を貼付することが通例となつており、その規模は本件より少ない場合、同程度の場合、或は本件より大規模の場合など区々であるが、いずれの場合にも、これに対し公社から組合に対し正式に抗議を申し込んで善処を求めたり、或はこれを理由に組合員を処分したという事例は皆無であり、又公社が清掃業者に依頼してビラを撤去した場合にも組合に対し正式に費用の償還を求めた事例もないうえ、前記の協約を毎年更新する際にも一度もこういつたビラ貼りに関する問題が論議されたことはなく、異議なく更新されてきていたことが認められる。

これらのことからすればビラ貼りについて、公社側は従来これを黙認ないしは放任(積極的に容認はしないし、むしろ困つたこととして扱つていたとしても少くとも、これを理由に内部規律違反とか、或は民事上の責任を追求する意思は認められないという意味において)していたことは明らかというべく、このような事実が慣行として認められてきた以上(ちなみに前記各証人の供述によれば本件以後も今日まで組合側は各所において春闘等に際し、相当規模のビラ貼りを行つているに拘らず、これについて公社側より組合に対し正式に抗議がなされたことはなく前記の協約も異議なく更新されており、中には証人長野源大の供述によればビラの撤去について公社側が組合の了解をえたうえ労使休職ということで年末年始に限つてこれを撤去したという事例もあり、勿論内部規律違反とか民事責任を問題にされた事例もないことが認められる。)単に公社側の秘書課長名でビラ貼りを禁止する旨のビラを何枚か庁舎内に掲示したり、一、二の労務課員がビラを貼付している個々の組合員の一部の者にその旨を話したりしただけでは、こうした労使間の慣行的行為が直ちに違法性を持つに至るものとは考えられず、尠くとも公社側から正式に組合に対し合理的な理由を示してそれを禁止する旨の申入れをなし、更にその趣旨を徹底させるため、労使間において討議の場を持つとか或は適当な期間を置くなど、適切な措置を講じた後でなければこうしたビラ貼りをもつて直ちに禁止命令に反したものとしてその違法性を追求することは不当であるといわざるをえない。

蓄し、争議行為(広義の)の内容は労働力取引の駆引としてその実践の中から作り出されたものであるうえ、労働争議は労働関係という場を舞台として相互に新しいより有利な秩序の形成を目指して労使双方が攻撃防禦のため種々の手段を展開し発展してゆくものであるということを考えればその間に確立された慣行はそれが公序良俗に反するものであるといつた特段の事情がない限り争議行為を規制する基準として労使双方に作用するものと解するのが相当と考えられるからである。しかして、ビラ貼りにつき右のような慣行が成立してきたのは、一般に我国の労働組合が企業別組合であるうえ、使用者側の施設に対する管理権についての判然とした観念が労使双方共に乏しいといつた労使間の実情、又、全電通の如きいわゆる公労法の適用下にある組合にあつては、同法一七条により争議行為を禁止されたため、組合としては対使用者との関係で組合の団結を守り、実質的な労使対等の場で交渉をすすめるためとるべき行動として、これが残されたもののなかでもつとも有力なものの一つと評価せざるを得ず、従つて勢いこれが盛んに行なわれることになるといつた特殊な事情、そして一般世人もまた、こういつた争議時のビラ貼りについては要求貫徹のためにやつているもので、たとえていえば、はでな夫婦喧嘩といつた程度に考え、特別にこれを違法視したり、当該企業体の権威の失墜とか生産の障害といつたものとは直接に関係のないものとして軽くこれを読み流している場合が多いといつた社会的な背景があることによるものと考えられる。

ところで本件各ビラ貼りは判示冒頭の事実で述べたごとく、いわゆる昭和三四年度春闘において全電通が使用者たる公社を相手に、解雇処分の撤回、労働時間の短縮、賃金の引上げなど組合員の権利を守り、その地位を向上させることを目的として行つた各種の団体行動の一つとして行なわれたもので、その目的において正当なものであることはいうまでもない。しかしてその具体的態様はすでにのべたとおり(四の(一)において)であり、ただ前述のごとく枚数、貼り方などの点において本来使用者の当然受忍すべき限度をこえているものであるが、しかしこれは前述のとおり従前からの慣行に従い行なわれたものである以上、先にのべたところの労使関係において慣行が有する特殊な意義にてらし、又かかる慣行のよつてきたるゆえん更に証人金子哲夫、同鈴木正道、同八谷伏見雄、同長野源大らの供述によると、当時公社が津電報局の解雇問題をめぐり組合側にとつた態度は甚だ適切さを欠いたものがあり、ために組合側としてはより強力な活動をなさざるをえないといつた事情にあつたと認められることなどを併せ考えると、当時被告人ら組合側が公社との対抗関係において実施した本件各ビラ貼りの所為は組合活動として相当なものと認めらるべきもの、換言すれば組合活動として労働組合法一条二項の正当性を有するもので刑事上の違法性を欠き建造物損壊罪は成立しないものといわなければならない。

(三)  以上の次第であるから本件公訴事実中各建造物損壊罪の点は構成要件該当性を欠くか、しからずとしても違法性を欠くものとして罪とならないことは明らかといい得べく刑事訴訟法三三六条前段に則り右の点については被告人全員に対し無罪を言い渡すものである。

五、弁護人らの主張に対する判断

弁護人らは判示第一、第二の事実について正当な組合活動として違法性を欠く旨主張するが、所論のとおり被告人らが右各所為に出でた目的そのものについては正当性を肯定することを得るとしてもその手段としてなされた各所為は判示のとおりであつて常軌を逸した不当なものといわざるを得ず、それが団結権を守るため緊急已むをえないものであるといつた特段の事情があれば格別、こういつた事情を認めることの出来ない本件においては、社会通念上許容さるべき程度を超えたもので、正当な組合活動として違法性を欠くものと認めることは出来ず、弁護人らの主張は採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野村忠治 裁判官 川坂二郎 上野精)

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